かぞく、くらす、たびをする。

「予定外にふらっと」の贅沢さについて、小さな考察。

代々木公園ピクニック

 

先週の日曜日は、梅雨の雨がしばらく続いた後にやってきた、気持ちよい晴れの日でした。先に起きて、爽やかな陽気にがっつり心を奪われた夫の「外に行きたい。外で朝ご飯を食べたい!」という強い要望に、妻としては快く乗っかり、朝から近所のカフェへ。

近所にあるそのカフェは書店に併設していて、私たちはサンドイッチとコーヒーを、子ども達にはワッフルとオレンジジュースを買ってテラス席で食べた後は、そのまま流れで本棚をのぞき、家族それぞれ本も買いました。

すると、今度は当然のことながらその本を読みたくなり、続いて、本を小脇に抱えて代々木公園へと出かけて行きました。

 

picnicinyoyogi_01

 

この時点で、まだ日曜の午前10時。貴重な晴れの日にも関わらず、時間が早いからか公園は人影もまだまばら。静かな公園の、さらに静かな場所へ。

木陰にビニールシートを広げ、夫と娘は買った本を読みふけり、私は案の定というか息子に邪魔され数ページめくるだけで本を閉じることになるのですが。

こんな感じで持ってきた軽食をつまみながら、思い思いの時間をしばし楽しんだ後、正午過ぎには公園を後にしたのでした。

そんな、何てこともない日曜日。

だけど、週が明けてからもこの日の事が心に残って、「楽しかったな~」「なんでこんなに楽しいって思うのかな~」ということをしばらく考えていました。(え、ヒマ人?)

 

代々木公園ピクニック

 

そうしているうちに思い出してきたのです。これに似た、あの夏やあの夜のことを。 例えば・・・

付き合っていたボーイフレンド(現・旦那)と、飲んだ帰り道、しゃべり始めたら止まらなくなって、渋谷から新宿まで歩いてしまった夜のこと。

高校生の頃に友だちが突然に「朝日を見たくない?」と言いだして、早朝に海まで自転車を走らせた時のこと。

うん、うん。
ここまで来ると「楽しさ」の正体が見えてきました。

 

― 約束もなく、計画もなく、「予定外にふらっと」。

 

判明!これが、この日やあの日の含有主成分です。

予定外にふらっと」は、時間に自由がないとできません。「予定外にふらっと」できるというのは、ごく普通の何てことない事だとしても、その自由さ自体がとても贅沢で、豊かなこと。

そして、「予定外にふらっと」を誰かと一緒にできるという事は、約束せずとも会える、気心の知れた、同じ気分を共有できる人が身近にいるということです。これまた、なんて贅沢で、豊かなことでしょうか。

 

きっとこれを読んでいる人は「一体、何ブログじゃ?」と思われるでしょう。いや、自分でもそう思うんですけれども。でも、これってすごく大事な話じゃーないですか??・・・という訳で。

 

「予定外にふらっと」がたくさんある人生をおくりたい。

 

こちらからは以上です。

picnicinyoyogi_05

人気の少ない中央広場へ放牧された息子。
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This article was written on 30 6月 2015, and is filled under 考える.

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