かぞく、くらす、たびをする。

私たちの改修計画、その後。

古民家リノベーションプラン

家というのは住んでなんぼだし、場というのは使われてなんぼだとつくづく思う。
「どう住むか?」 「どう使うか?」
そのアイデアなしに、とりあえずカタチさえ作ればなんとか・・・・は、
ならないものです。

 

2012年の夏から秋にかけてやっていた山荘のリノベーションですが、
現在、工事はストップしています。(その時の様子コチラから>>

住まなくなってから20年が経ち、使わなくなってからは10年が過ぎました。
暮らしが消え、人の手が入らなくなった家はあっという間に古びていきます。

「このまま傷み廃れて駄目になってしまう前に、修繕を加えて使えるようにしよう!
この家を自分たち子世代が引き継ごう!」

今さらだけど、そういう勇ましい気持ちばかりが先走って、
地に足がついていなかったなぁ。

忙しい、お金がない、余裕がない・・・
できない理由はいくらでもあげられるし、嘘ではないけど、
結局は冒頭に書いたような「考え」がなかったとしか言いようがない。
我ながら情けないけれど。

 

さて、こんな風に書くと「あ、やめたんだ」と思われるかもしれませんが、
古民家リノベは今後も続いていきます。
ただ、今は「そもそも」というか、ふりだしにまで戻っている状態。

しかし、何かを現実的に推し進めようと思った時、
ぼんやりと考えても進まないし、
ぼんやりと考えると悲観的(または楽観的)にしかならないですね。
悲観も、楽観も、現実を動かす気がまったくしない。

だから(?)、しばらくは「絵」を描いてみようと思っています。

 

そんな風に思ったのは、以前にこの記事でも紹介した、徳島県・神山町のNPOグリーンバレー理事長 大南信也さんのある言葉が1つのきっかけです。

ただ「人口が減る」と聞いても憂鬱な気持ちになるだけやけど、具体的にすればイメージ出来る。それは、みんなが真剣に考えられるということなんよな。

 

小さな希望でもいいからそこへ向かって日々進んでいれば、少なくとも「悪くはなっていない」という感覚を持てる。これは大事な部分やと思う。

-イン神山「フォーラム:創造的過疎とお昼ごはんの集い」より

具体的なイメージとしての「絵」。
小さな希望としての「絵」。

実際にその「絵」が形らしいカタチになるのか、
また、形になるとしても時間はかかると思いますけど、
でも「絵」を描くことが、自分にとっての「考える」になるように思うので。

 

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Information

This article was written on 24 3月 2015, and is filled under リノベーション.

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